日本口腔診断学会 理事長 伊藤 孝訓日本口腔診断学会
理事長 伊藤 孝訓

 平成29年度より日本口腔診断学会の5代目理事長を拝命いたしました日本大学松戸歯学部の伊藤孝訓でございます。

 私が学部を卒業した頃は本会もなく,他流試合の如く当講座の山野博可教授の出身である日本歯科放射線学会や日本口腔科学会などで研究発表をしていました。口腔診断学の関連講座が集結し学会ができ,そこで発表することができればと夢見ていました。そして丁度,大学院を修了し助手になった昭和60年の9月24日に,口腔診断学に関係ある歯科医師が神奈川歯科大学の赤松英一先生の呼びかけで,9大学10講座,48名が集まり発起会を開催しました。私にとって自分の専門とする学会ができたという喜びを得ました。翌年から2回の研究会を経て,第1回日本口腔診断学会が昭和63年5月22日,日経ホールで赤松英一大会長のもとで執り行われました。あれから30年が過ぎ,記念大会として9月8・9日に北海道大学北川喜政教授により札幌で盛会裡に開催されました。

 「どの診断の問題をとりあげても学問分野の統合なくしては語れない。心身の変化を多角的に診るためには総合的に討議する機関が必要である。こうした総合のひとつの形態として本学会の存在意義があるのではなかろうか。」と赤松英一初代理事長は発会にあたり話しております。また私どもの山野博可初代教授も「口腔診断学とは扇の要だ」と話しておりました。口腔診断学は縦割りになりがちな専門科目の学問体系を横断的に結びつける臨床歯科医学として,研究のみならず教育および臨床に必要不可欠な学問で,認知フレームの捉え方がやや異なった観点を有しています。この考えは研究よりも,患者cure・careとしての臨床歯科や学際的な視点からの学問としての価値が高いと感じています。

 口腔診断学会は発会当初より多様な専門分野の先生方が集結していますが,現在でも各大学の口腔診断学関連の会員はもとより,口腔外科学,口腔内科学,歯科保存学,歯科放射線学,口腔病理学などを専門とする会員,病院歯科・歯科医院に従事する会員等を併せて1,200名を超える学会組織となりました。今後も,様々な背景を持つ全ての会員が互いの立場を尊重し,よりよい雰囲気の中で,活躍できる環境を整えていきたいと考えています。

 私は,発会当初より参加し本会の進展をみてきました。これまで多くの先達の先生方に育てられました。この導きをさらに後生に繋ぎ,次世代の会員を通して口腔診断学の発展のために全力を尽くす所存でおります。会員の皆様の御協力をどうか宜しくお願い申し上げます。

 笹野高嗣前理事長とは,学会に対する思いも同じく,過日退任を意識し会員向けにまとめられた提言でもありますので,会員のみならず多くの歯科医師の方々に熟読して戴きたく,あえて掲載を続けたいと思いますので,以下の「口腔診断学会の立位置について」を熟読して戴けましたら幸甚です。

(平成29年9月14日記)

口腔診断学会の立位置について

 前理事長 笹野 高嗣
第30巻2号(2017年6月号)巻頭言に掲載
 
 日本口腔診断学会は前身の口腔診断研究会(昭和61年発足)を母体として昭和63年に発足した。設立当初の学会誌に掲載された赤松英一初代理事長の巻頭言からは学会設立に対する深い思いが窺える。「どの診断の問題をとりあげても学問分野の統合なくしては語れない。心身の変化を多角的にみるためには総合的に討議する機関が必要である。こうした総合のひとつの形態として本学会の存在意義があるのではなかろうか」。当時,口腔診断学会には多岐にわたる分野を専門とする有志が集結し,縦割りになりがちな学問体系を横に結びつけていく総合臨床学として,口腔診断学は位置づけられた。今日,学会会員数は約1,200名に及び,口腔外科系および診断系を中心に放射線系,保存系,補綴系と様々な専門分野の会員がその専門性を活かし,互いを尊重しながら切磋琢磨する総括の場として日本口腔診断学会は前進し続けている。本学会設立の理念は,東北大学に歯学部が設置された頃の口腔診断学構想と相通ずるものがある。歯科医学会全体および本学会を取り巻く昨今の情勢に鑑み,ここでは,東北大学における私自身の経験を踏まえて,口腔診断学会の立位置について論じてみたい。
 
 東北大学に歯学部が設置された昭和40年当時,日本の歯学教育および歯科臨床において,口腔診断学という概念は一般的ではなかったように思う。東北大学歯学部の設置に御尽力された荒谷真平先生(初代東北大学歯学部口腔生化学教授,歯学部長)は以下のような言葉を遺されている。「現在,臨床歯科医学は保存,補綴,口腔外科,矯正などと多岐に分れ,微に入り細にわたって研究,治療がなされております。それは,学問技術の進歩によるもので,大変結構なことであります。しかし,考えてみますと,これらの科は治療技術の差異によって分けられているのですが,各々の患者の口腔について,どのような治療技術を順次適応してゆけばよいかという判断は,どこでなされるのでしょうか? われわれの病院には確かにそれぞれの治療技術に優れた専門家は多数おられるが,だれが患者の口腔全体に対して責任を負うべき地位にあるのでしょうか? もちろん,そのような判断はどの科に行っても同様になされるから心配はないといわれるかもしれません。確かに多くの患者についてはどの科でなされる判断でも大差はないのでしょう。しかし,一人の患者として私は必ずしもそうではない場合も相当あり得るのではないかと感じたこともありますし,折に触れて,臨床の大家達にそういう質問をしてみますと,多くの人はそのような総合的な判断を下す場として口腔診断学が必要であり,かつそれが将来の歯科医学の一つの大きな柱になるだろうといいます。しかし,少なくとも日本では未だどこの大学でもOral Diagnosisは重視されていなかったようですし,また,それが本当の意味で学問として体系化されたという話しを聞きません」(昭和43年12月18日 第2回教官懇談会資料「歯学の現状と問題点」より)。
 
 このような背景を経て,昭和42年,村井竹雄先生(当時,東京医科歯科大学歯学部附属病院長)が東北大学歯学部附属病院初代病院長として赴任し,口腔診断学を担うことになったのである。村井先生は,東北大学に着任後の昭和47年に以下のような総説を書かれている。「各講座は縦割りと考えれば,診断学は横割りの性格の強いものであろう。(中略)教育病院では,歯科という専門科がさらに,保存,補綴,矯正など多くの科に分けられている。しかし,患者各人に対する治療が一診療科のみで事足りることは少なく,大部分の患者は複数の科別に治療を受けている。これは歯科における特殊性と考える。口腔診断学講座の必要性は,歯科の特殊性にもとづくものである。」(歯界展望:第40巻第5号)
 
 その後,口腔診断学の重要性,必要性について全国的な気運が高まり,口腔診断学は「縦糸を横につなぐ学問」として特徴づけられ,本学会設立に至ったのである。
 
 時代背景からみれば,戦後の我が国の学問は,医療系に限らず多くの学問分野においてより細分化され,専門性の高いスペシャリストとしての人材育成が進められてきた。高度なスペシャリスト育成の一方で,とくに医療系においては,専門性の強い診療体系が作られ,自分の専門以外は診ない,診ることができないという新たな問題が生じ,総合医の育成と診療体系が社会から求められるに至って久しい。国策として制定された医師・歯科医師臨床研修必修化の目的を例に取れば,「臨床研修は,医師が,医師としての人格を涵養し,将来専門とする分野にかかわらず,医学および医療の果たすべき社会的役割を認識しつつ,一般的な診療において頻繁に関わる負傷又は疾病に適切に対応できるよう,基本的な診療能力を身に付けることのできるものでなければならない。(歯科医師臨床研修も同様の文面)」と謳われているように,総合医の必要性は我が国の課題として認識されている。このような論拠から,口腔診断学は,特定の部位や疾患に限定せず,「総合的な見地」,言い換えれば「全人的な見地」から,患者の全身,心理,社会的側面なども含めて幅広く考究する学問であり,特に全身と口腔との連関については,口腔診断学の根幹のひとつと考える。
 
 日本口腔診断学会の英文表記は当時からThe Japanese Society of Oral Diagnosis/Oral Medicineであり,Oral Di­agnosisに加えてOral Medicineが併記されている。これには,本学会の発足に当たって,Oral Medicineが強く影響していたことが背景にある。Oral Medicineの定義は国によって異なるが,医学(医科)と歯学(歯科)の接点に位置し,全身の病気と口腔との連関を考究する学問と解釈することに異論はないと思われる。Oral Medicineという用語は一方で,医科疾患を有する患者(medically com­plex patients)の口腔管理を行う臨床歯学と定義する場合も見受けられる。これらのことを勘案すると,口腔診断学には,「全身を基軸」とする必然性が改めて認識される。現在では,口腔と全身の双方向的な連関の一部は科学的にも解明され,広く知られている。しかしながら,歯科医業に携わる者すべてがこの重要な連関を承知しているかというとそうではなく,ときに非歯原性の疾患を歯原性と診断して無益な治療を施す場合,あるいはその逆の場合も見受けられる。また,口腔と全身のすべての連関が解明されているわけではなく,今後の研究が重要であることはいうまでもない。これを担うのが口腔診断学であり口腔診断学会のひとつの立位置と考える。
 
 本学会設立後,歯科医師需給問題,共用試験の導入,教授要項の改訂,歯科医師臨床研修必修化,大学院重点化,国立大学法人化など劇的な時代変遷を背景に,各大学における組織再編が行われ,口腔診断学講座(分野)も再編の対象となった大学が多い。一方,国内の学会においては,全身管理,総合診療,検査診断,口腔内科など新たな学会が設立され,口腔診断学が関連する領域の細分化が行われた。学問が細分化されて研究,教育が深化することは大いに結構であるが,実学として学生教育や臨床に役立てるためには,細分化された領域が密に連携するための大系化が重要である。細分化された領域が成熟し完成形に近づけば,なおさら成熟した大系化が求められる。この役割が口腔診断学であり,口腔診断学会のもう一つの立位置である。
 
 口腔診断学は単に初期診断を行うための学問と誤解してはならない。繰り返しとなるが,生涯にわたる患者の健康維持に貢献するために,全身を基軸として個々の患者に対して正確な診断を行い,的確な治療法を選択し,予後を推測する根拠を得るための全人的包括的な学問こそが口腔診断学であると私は考える。
 
 以上,本学会に対する思いを込め,その立位置について論述した。大学会員においては各大学における講座(分野)再編等に当たっての論拠,識見として,一般会員においては口腔診断学の理解として役立てて頂ければ幸いである。